長きにわたりランニング生活を続けていると、なかなかに面白い人や想像の斜め上を行く人に出会うことが少なくありません。ランニング自体が非常に孤独なスポーツであり、興味のない人には理解しがたい部分が多い趣味の一つだと思います。
今回はランニングに全く興味の無い人でも楽しめる内容になっております。私個人が出会った少し変わったランナーさんを物語仕立てでご紹介して行きます。物語は事実を元に(マジネタです!)作成しておりますが、内容は一部修正を加えており個人名団体名など登場する情報及び人物は全てフィクションですのでご了承くださいね。
file2:星野研治さん(47)
ホッシーとの出会い
「それは情熱だよ~」
彼は誇らしげに答える。その言葉には強烈な違和感を感じたことを今でもはっきり覚えています。
彼との出会いは10年前にさかのぼります。ランナー同士の練習会でのことでした。知り合いの知り合い的な立場でSNSを通して彼の存在は認知してたが、まさか自分よりも年上だとは思いもしませんでした。当時私は30代半ば彼は40代。人懐っこい柔らかい笑顔、甘いマスクをしたその容姿は実年齢より圧倒的に若く見えました。んー羨ましい。
性格も社交的で彼の周りには、いつも人が集まっていました。
「あははは。」
屈託ない笑顔。ま、眩しい。。仲間とわいわいすることが本当に楽しそう。SNSの投稿にはいつもたくさんの仲間と楽しそうに集合している写真ばかり。平日は仕事後のランニングサークル、週末はイベントや大会など、とにかくアクティブに行動をしていた。皆は親しみを込めて彼をホッシーと呼んでいました。
さて私はここで最初の違和感を覚えました。
「あれ。。。また?ここにも⁉出すぎじゃね…?」
そう、ホッシーは登場しすぎのヒーローでした。
遊びすぎた末路
彼は既婚者だった。そう、過去形。程なくして彼は離婚しました。ま、当然っちゃ当然なのですが…
家庭の数だけルールや有り方があります。もちろん私の家にも独自のルールは存在する…と思います。しかし彼は家庭をないがしろにし過ぎてました。元奥さんとは職場で出会い結婚、実家に招き入れ両親と共に暮らしていたそうです。初めは一緒に旅行に出かけたり美味しいものを食べたり、職場仲間と共に遊んだり、ごくありふれた夫婦でした。しかし皮肉にも彼らが出会った職場の知り合いからランニングイベントに誘われたことが崩壊の始まりとなったのです。はじめは夫婦で一緒に参加してたみたいですが元奥様の方はあまり身体を動かす事が好きではなかったみあいです。逆にホッシーは水を得た魚。どんどんとその魅力に憑りつかれ、結果ホッシーだけがランニングの世界へどっぷりと浸かることになって行くのです。
ここで雑談、趣味にも色々あって音楽、映画、旅行などありふれた趣味もあれば、釣り、キャンプ、ゲームなど人によって好き嫌い得意不得意が分かれやすいのもあります。ランニングも好き嫌いが割とハッキリ現れる趣味じゃないかと思います。運動が苦手だったりアウトドアはちょっと…という人にゴリゴリに薦めすぎるのはあまりオススメしません。私自身は本人が少しだけ興味を持ってきた時点でようやく魅力をプレゼンするようにしています。
夫とは言え他人の家に嫁ぐ、それだけでも充分なストレスなのに週末は家庭をほったらかして趣味をやりたい放題。そんな家庭は順風満帆とは到底いえるわけもなく…程なくして別居、離婚のお決まりコースへなって行きます。
さてここでもう一つ気になる点、離婚の最大の引き金となるフリン。彼は甘いマスクのイケメン。当然外で女を作って遊んでたんじゃないかと思いますよね。でも!それだけは絶対ないんです。元奥様も女性関係の心配は全くなかったそうです。その理由とは。。。
ホッシーの秘密
SNS上で見かける、ホッシーに向けられた女性たちの投稿には、明らかな好意が滲み出ていました。タグ付けされた写真には、彼に寄り添う女性たちが映っており、「ランニングの後はホッシーと最高の時間♡」というコメントが並ぶ。誰が見ても「あ、この人ホッシー狙ってるな…」と感じるような投稿ばかりでした。フレンドリーな距離感と、明らかに好意を抱いた距離感の違いは誰にでもわかります。
しかし、驚くべきことに、ホッシー本人はそういった女性たちに対してまったく関心を持っていないようでした。元奥さんが言っていた「女性関係の心配は全くない」という言葉が、実際に正しかったのです。彼のSNSや周りの話を聞いても、彼が特定の女性と親密な関係になったという噂は一切出てこない。むしろ、ホッシーはそういった女性からの好意に気づいているのか、気づいていないのか、ただ楽しそうにランニング仲間として接しているだけに見えました。
彼は…勃たないんです。
では、なぜ離婚に至ったのか?女性関係ではない。もちろん夫婦の性生活が皆無であるがゆえランニングへ異常なまでの執着してしまったためです。ランニングを趣味として楽しむ人は多いがホッシーの場合、それが生活のすべてになってしまったのです。
彼にとっての情熱とは
ホッシーは何度も言っていました。「これは情熱なんだよ」と。ランニングへの情熱が、彼の生活すべてを支配していったのです。今も平日は仕事の後に練習、週末は大会やイベント。家に帰ることはほとんどないそうです。ホッシーが走り続けた先には何があるのでしょうか。
彼の周りには、常に多くの仲間が集まっています。しかし、彼が家族を失った瞬間から、その「情熱」の裏には、ふとした際に孤独が見え隠れするようになりました。SNS上での笑顔や仲間たちとの楽しい時間。それでも家に帰ると待っているのは、誰もいない静かな部屋。彼はランニングで、仲間たちと一緒に走っている間だけが、自分が「生きている」と実感できる時間なのかもしれません。彼にとってのランニングは、ただの趣味や健康維持ではなく、自分の存在価値を証明する唯一の手段なのです。その「情熱」によって、ホッシーは仲間たちとのつながりを築きましたが、同時に家族という大切なものを失う結果となりました。
誰もが羨むその甘いマスクとアクティブなライフスタイルの裏には、深い孤独と満たされない心が潜んでいたのです。ランニングへの執着は一層強くなり、彼はさらに多くのイベントに参加し、SNSで発信を続けております。「楽しそう」「羨ましい」と言われるその投稿の裏に、何かが欠けていることに気づく人はほとんどいません。
しかし、時折彼の投稿に映る表情には、どこか疲れが見え隠れしていました。仲間たちに囲まれながらも、その屈託のない笑顔はどこか虚ろで、ランニングが彼の生き甲斐であると同時に、彼を取り巻く世界の全てであることが、かえって痛々しく映る瞬間があったのです。
ホッシーの「情熱」は、彼に何をもたらしたのでしょうか。仲間たちとの楽しい時間?それとも、失ったものへの後悔?今日も彼は「情熱」を求め無邪気に走っている…
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